敗者と反骨

1月12日(土)に第5回街角ブックトーク「勝手に文豪を読み直すミニ講演会」を開催しました。「葉室麟と反骨」と題して歌人で宮崎日日新聞社の外前田孝さんの話でした。資料をもとに報告します。

第1部
【葉室麟のプロフィール】
1951(昭和26)年、北九州市小倉生まれ、2017(平成29)年12月23日死去。享年66。
小倉には小学5年生まで暮らす。久留米の明善高校から西南学院大学へ。地方記者などを経て50歳から歴史、時代小説を書き始める。
2005(平成17)年、『乾山晩秋』で歴史文学賞を受賞し、54歳でデビュー。
2007(平成19)年、『銀漢の賦』(第4作目)で松本清張賞受賞。
2012(平成24)年、『蜩ノ記』で直木賞受賞(5度目の候補で)、『散り椿』刊行。
2016(平成28)年、『鬼神の如く黒田叛臣伝』で司馬遼太郎賞受賞。
16年間に書いた小説は61冊、『柚子は九年で』『曙光を旅する』などのエッセイが6冊。

今回取り上げる『散り椿』『銀漢の賦』はいずれも藩内の派閥抗争を扱っている。『散り椿』は藩主代替わりに伴う、『銀漢の賦』は藩主の幕閣入りのためのお国替えをめぐる、共に側用人と家老の対立が主軸となっている。一方、『蜩ノ記』は藩主の跡目継承争いが裏に絡む。

【葉室作品と反骨】

①葉室作品は「敗者」の文学といえよう。つまり敗者や弱者へのまなざしが温かく、小説の中で、敗者を勝者にしたいという反骨精神にあふれている。

②「近代」への懐疑、異議申し立てがある。『大獄西郷青嵐賦』で西郷隆盛を描き、『天翔ける』で幕末期の福井藩主・松平春嶽(しゅんがく)を描いたこと、『星火瞬く』で無政府主義者のバクーニンを登場させたりしたこと、あるいはエッセイ集『柚子は九年で』や『曙光を旅する』を読むと、政治と経済が癒着し、私物化されていく「近代化」を問い直そうとする反骨精神がある。

③葉室作品には「鬼」が出てくる。いや正確には「鬼」と呼ばれる人物が出てくる。『散り椿』の主人公・新兵衛は「鬼新兵衛」、『銀漢の賦』の主人公・源五は井堰建設で村人から「鬼源五」と呼ばれている。また、作品にも「鬼」を冠した『影踏み鬼新撰組篠原泰之進日録』や『鬼神の如く黒田叛臣伝』がある。鬼こそは反骨の象徴であろう。

第2部
今回はコメンテーターとして参加されたジャズシンガー片貝晴美さんの朗読や歌があり、土呂久公害の記録や被害者支援に長年取り組まれた元朝日新聞記者の川原一之さんの話などバラエティに富んだ内容でした。

川原さんは葉室さんのエピソードとして、「蜩の記」は炭鉱労働者の記録文学作家、上野英信さんをイメージして書かれたことや、水俣病患者と取り扱った『苦海浄土』に著わした石牟礼道子さんのことなどを熱く語られました。

葉室さんは2017年に66歳で亡くなったが、順調ではなかった自身の人生を直接語ることはしなかった。しかし、体験したことを歴史上の人物に託して書くというのが葉室作品の手法だという。

第3部
今回は年配者の方の参加が多く、また熱烈な葉室ファンも参加され、それぞれの思いを語られました。「近代とは」という問いかけもあり、また、葉室さんの遺稿集『曙光を旅する』を編集した朝日新聞の佐々木亮記者が福岡から駆けつけ、生前の葉室像について語られました。

今回でこの「街角ブックトーク」は最終回でした。継続の期待も多く寄せられましたが、また別の形で開催できればと思います。これまで参加いただいたみなさんありがとうございました。